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2011年8月7日日曜日

My Dear Friend -179/ジョー山中召される

昨日 仲間たちに誕生日を祝ってもらった

その翌日の今朝
届いたのはジョー中山の訃報だった

初めて会ったのは 大昔
内田裕也さんから誘われて
フラワートラベリングバンドの
レコーディングだった

SATORIは
グループサウンド全盛の頃には
早すぎた楽曲だった

でも
名古屋の今は無き
オリエンタル中村(現三越デパート)でのライブに
来てくれた
彼らの大音響は7階のフロアーから
1階まで鳴り響き
デパート側の責任者が飛んできたよ

ライブの合間に
アフロヘアーのジョーを栄地下街で
歩かせて撮影をした

鈴丹というお店では
その時に撮った画像でポスターを
作ってもらったよ

2008年9月26日には
フラワートラベリングバンドが再結成されて
名古屋のDIAMOND HALLでライブがあり
仲間を誘って楽屋を訪ねて
旧交を温めていたんだ

下の画像は
名古屋のライブで胸に貼り付けていた
楽屋通用パス
FTBってのが
フラワートラベリングバンドのこと

昨年暮れには仲間から
ジョーが肺ガンで入院したと連絡があり
心を痛めていた

大勢の仲間からお悔やみの
メッセージも頂戴した
裕也さんもつらいだろうな

朝から
SATORIを流して
早すぎた彼の冥福を祈り
追悼している



2011年6月1日水曜日

My Dear Friend -163/豊田勇造inカルバドス

最近のブログはリアルタイムじゃないなぁ

イベントが続くと
撮影画像が多くなってしまう
5月27日〜31日の間に撮った画像が
1210枚もあったよ

削除に次ぐ削除で
300枚に削ってみたがまだ多い

もう一度詳細に画像を眺めて
半分にしたいと削除を始める

130枚に絞ってみた

その中で
豊田勇造のライブで撮った画像は
2枚だけ生き残った

夜でもフラッシュを焚くのはキライだから
ライブの時は
当然ブレブレの画像になるんだ

この日は懐かしい仲間とも再会したし
勇造の唄を聴くのは初めてだという
ボクの仲間も駆けつけてくれた

勇造が一番最初に唄ってくれたのが
満月 ドゥワーンペーン
タイへ行ったことのない5人の仲間に
分かるかなぁ・・・と思った

満月は望郷の唄

そして久しぶりに
チャオプラヤーに抱かれても聴いた
タイを描いた唄もブルースも
勇造節は健在だった

大盛況のウチにライブが終わり
勇造にお礼を言った
いつもタイ情報をもらっていて
時にはサンプルも
手に入れてもらっているからね

彼の唄を初めて聴いてくれた
仲間たちの中に入った勇造とビールで歓談
仲間たちも気に入ってくれたようで
嬉しい夜だったよ


2011年3月29日火曜日

My Dear Friend -151/甦ってきた唄

色々な唄が甦ってきているんだね

先日ブログに書いた
岡本真夜のTOMORROWも
そうだし

今日の岡林信康の作詞作曲になる
"友よ"

も 不死鳥のように甦ってきている

"友よ" は元々は反戦歌として
プロテイストソングとしてうまれた

しかし いまは
被災地に向けての唄として
世代を超えて歌い出されているという
20代の若者にはどう聞こえるんだろう

音楽家は音楽で
書家は書で
絵描きは絵で
物つくりも

もちろんボクはボクでね
それぞれの分野のクリエーターが
動き始めていると言うことなんだよ

この "友よ" にも
ほろ苦い思い出があるんだけれど
共に戦っていた友と歌った思い出が
自分の中でもよみがえってくる



そして
同じく岡林信康の
"私たちの望むものは"

悲しみやつらさを乗り越えて
復興のために立ち上がり始めた
被災地へ強烈で
過激なメッセージを与えるのかも
知れないなぁ

為政者には辛い唄だろうね

2010年12月30日木曜日

革細工ただいま修行中 -64 ピックケース

ヤバイ ヤバイって褒めてもらったぜ

友達のTASK君からの提案で
ギターのピックと音叉をいつも
腰につけられるケースを試作した

ピックの取り出しが少し不満だったけれど
彼には少しの間 身につけてもらい
不具合のテストをしてもらうことにした

年が明けたら
修正箇所がいっぱい来るんだろうな
楽しみでもあり不安でもある

ボクのブログはミュージシャンたちも
覗いていてくれるから
何か参考意見も聞けるかもしれない

自分の貧相な発想だけでは進歩がないけれど
こんな風にいろんなジャンルの方からの
提言や提案を具体化していくのも
コラボの楽しいところだね

ゆくゆくはメタルエンボッシングも
革に取り入れてJUNKな風合いも
表現していきたいな

エンボス用の原画は
酒を飲みながらのスケッチも描いている
酒が意識の枠を取り外してくれるから
スケッチは突拍子のない絵がある




2010年11月29日月曜日

久しぶりのハシゴ酒

予定が二件も入っちゃった

別々の友達から同じ時間にお誘いがかかった
当然 先に入った予定を優先するよね

出かけたのはライブ居酒屋という飲み屋さん
始めて行ったんだけれど
何だか楽しそうなお店だった
60年代のヒッピー文化が生息していた

つまみはオデン 焼き鶏 モツ煮という屋台風
ライブはレゲエあり 60年代フォークあり
天城越え なんて演歌ありのごった煮

お店の中もごった返しの盛り上がり
頼んだ料理がなかなか出てこない
でも まあ一通り飲んで食べて満腹になった



時計を見たらまだ10時
次のお誘いに間に合いそう
ユウキ君に電話をするとワイワイガヤガヤで
にぎやかな感じが伝わってきた

ユウキ君の誕生パーティなんだよ
道に迷いながらも離れた会場に移動

クリエーター仲間も来ていて
若い人の中にまぎれ込む

全てがワンコイン方式
いろんな若者に声をかけられ話が弾む
ちゃっかりと12月11・12日の
クリエーターズ・マーケットに誘ってみる
知っている人も知らない人も興味を持ってくれた


ライブアートで鍛えられたのか
少しは人前で話すことができるユウキ君
仲間たちに祝福されて良かったね


2010年9月29日水曜日

タイで出会った人や物たち/踊るガネーシャ

ある日 ある時 踊るガネーシャに会ってしまった

きれいにカラーリングされたガネーシャが
大勢で踊っていた

タイ人にとっては何でもない光景なんだろう
撮影しているオイラを笑って見ていた
ガネーシャが踊っているように思えたのは
その場に流れていた音楽のせいもあるんだ


なんだかとても楽しい音楽で
友人に頼んでVCDやCDを探してもらった
帰ってきてからも
このチミチミという歌を聴くと
ガネーシャが踊っているような気分になってくる






2010年9月15日水曜日

豊田勇造の勇造通信

今年は忙しくてライブに行く回数が少なかった

タイのことを歌う日本のブルースシンガーって
YUZOくらいだろうな
2年前にはバンコクでのライブにもでかけて
在留日本人やタイ人達ともりあがったっけ

ライブに行くとボクは必ずドゥワーンペーン(満月)を
リクエストして歌ってもらうんだ
そしてこっそりと泣く
亡くなった素敵なタイ人の友達のことを想って

神戸の友人からYUZOのライブを企画したいという
話もあるから楽しみにしているんだよ
実現したら絶対に神戸まで行かなくては

遠くまで出かけることが多くなってきたから
遅まきながらETCカードもつけたしね

今回届いた勇造通信はタイの話と
初めて出演したフジロックフェスティバルの
楽しい報告になっていた

11月6日には名古屋のカルバドスでも
恒例のライブがある
オイラ行けるかなぁ・・・
その日はクラフトイベントに出展予定だよ

画像をクリックすると詳しいことが分かるはず
はず・・・

***********************************************

今日はこれから覚王山アパートで展示会の
搬入作業があるんだよ

ディスプレー什器は積んだ
作品も積んだ
タイで仕入れてきた商品も積んだ
オイラのコレクションも積んだ
オリジナル作品展でないのは面白いね

忘れ物は無いつもりだけれどね
一週間あるから
忘れたら次の日に出品すればイイヨね

では まもなく行ってきます



2010年5月23日日曜日

My Dear Friend -103/ごぜ唄ライブに行ってきたよ

漢字で書くと瞽女さん

20年来のタイ好き仲間の枝さんが仲間たちと
瞽女唄を聴くイベントを東京で始めて3年がたつ

1回目のチラシデザインを任されたのが
瞽女さんのことを知ったきっかけ
なかなか上京してライブに来ないボクに
業を煮やしてボクの近所で企画してくれたんだと
錯覚するほど近い会場だった

瞽女さんのことやライブ会場のカフェ椿館
ついての詳細はチラシの画像をクリックしてね


仲間と出かけたのだけれど
早く着きすぎたので散歩がてら
ビールを探しに出かけ体調を整えたよ

椿館は不思議な空間だった
そして
代表の女性と話していると
知っている知人の名前が出てくるのでビックリ

演奏中の撮影は禁止だから
萱森さんの画像は無し

演目は歌舞伎で知っていた石童丸
刈萱道心との親子の話2段

大正時代の俗謡である
鴨緑江節を瞽女さんスタイルで
演じてくれた

演目の二つとも知っていたので
睡魔に襲われずに聴き入ることが出来た
細い体の萱森さんから発せられる瞽女さんの
独特の節回しと迫力には感動すら覚えたよ

ライブが終わり
お客さんとの交流会で
キチンと萱森さんと挨拶を交わしお話が出来た

取材に来ていた中日新聞の記者さんとも
タイの話から瞽女さんの話へと
縁が繋がっていくエピソードを話してみたよ

2010年5月5日水曜日

おかしなヒット商品

どこでもスピーカーを手に入れた

暇なときにネットで遊んでいると不思議な物や
おかしな物を見つけることがある

これを見つけたのは少し前のことだけれど

旅にもっていくのに良いなぁと思って買ったんだ

iPOdはイャホーンで聞くのが当たり前になっている
ボクはスピーカーとつないで常時
部屋に音楽を流しているんだけれど
運転中はトランスミッターで飛ばして
FMラジオから音楽を聴いている

旅にこのセットを持ち出すには大変だから
何か良い物は無いかと思っていた

この ドコでもスピーカーは
iPodに接続して空洞のある物に貼り付けると
それがスピーカー代わりになる

ペットボトルに貼り付ければ
ペットボトルがスピーカーになる訳
いろんな物に貼り付けてはその音色の違いを
楽しめるんだよ

面白かったのはひっくり返したバケツだった
金属的な音がする
部屋の壁に貼り付ければ
壁全体が大きなスピーカーに変身するんだ

2010年5月4日火曜日

新刊であれ中古であれ本は香しい-60/ 懐かしい本

懐かしい本と巡り会ってしまった

一冊はカントリーウエスタンの本だよ
ユア・チーティンハートやジャンバラヤや
コール・コール・ハートで一世を風靡した
カントリーミュージシャン
ハンク・ウイリアムの本だよ

昔 音楽関係の仕事をしていた
イギリス雑貨の店MayBellさんから
安く譲ってもった

まえがきを読むだけで懐かしくなってしまった



この本もMayBellさんからの本
ボクが劇団天井桟敷時代にお世話になった
萩原朔美さんが初代編集長

監修がこれまたお世話になった
デザイナーの榎本了壱さん
粟津 潔事務所を独立した頃だよな

最近は買い忘れているけれど
毎年年末になるとこの ご教訓カレンダーを買っていた
バカばかしいことが大好きだから
大好きだったからカレンダー
そのカレンダーに登場した 
1976年から1990年までのご教訓の大全

いま読み返しても笑っちゃうよ

クリックすると本文が読めるかも・・・
読めないかも・・・


もうそろそろ買わなくても良いだろうと思っていた
革細工の参考書がまた本屋さんに並んでいた

別のJUNK関連の本を買おうと思っていたのにナァ


2010年3月13日土曜日

My Dear Friend -75/やっと見られる

やっと夢が叶いそう

2007年から瞽女唄が聞こえる公演を続けてきた
友人から吉報が入ってきたんだよ

瞽女さんという存在をご存じだろうか

三味線を弾きながら歌や物語を聴かせて歩く
盲目の旅芸人 瞽女(ごぜ)
室町時代の昔からから上越北陸地方を
中心に存在していたといわれている

中でも新潟県上越市高田の高田瞽女は組織の大きさと
近年まで活動を続けた瞽女さんで名を知られている

400年もの昔から
視覚に障害をもつ女性たちによって
伝承されてきた 瞽女唄

最後の瞽女といわれた旅芸人 小林ハルさん
2005年4月に105歳でこの世を去った

目の見えないハンディと
その差別の中で耐えて生きてきた
しかし かっての日本には彼女たちの歌と三味線を
心から待ち
暖かく受け入れる人々と社会があったという

その最後の瞽女さん小林ハルさんに
瞽女唄を習い受けた萱森 直子さんが
愛知県日進市にやってきてくれる

日時 / 2010年5月22日(土)
会場 /日進市 椿 館 椿サロン
時間 / 開場 18:00 開演19:00〜21:00
定員 / 定員40名 全自由席
参加費 / 前売り4000円 当日4500円

3月18日には中日新聞朝刊一部地域で
新聞折り込みが入るそう
予約開始は3月20日からだよ

定員は40名というから
新聞折り込みが入ったらすぐに締め切りが予想されます

新聞折り込み以前に参加申し込みをしたいという方は
ボク宛 sawatdii@qc.commufa.jpにご連絡を下さい
今日の時点では3名の仲間が行きます

<写真提供:http://blog-eda.net/gozesan/ (瞽女さん)>



ここが椿館の入口です


2010年2月21日日曜日

My Dear Friend -65/友とのつながり

神戸で知り合った友人から・・・

こんな歌を教わった
歌詞は優しいんだけれど
内容にしびれてしまった
初めてYouTubeを貼り付けるんだけれど

果たして公開できるのかな

夕方からは4月に行われる
美濃国池田山麓クラフト展の会合が岐阜であり
仲間たちと出かけるんだけど
手作り作家が集まるのでワクワクしているよ

ちょうどこの歌を聴いていたら
とても気分が良くなってきて
会合でのお酒も飲みやすくなりそうなんだ
アニメは残酷なシーンも出てくるよ

神戸の友人はこう言っている

解るヒトはわかってくれてイイ
解らなきゃそれでイイ

そんな繋がりも良いんだと思うんだ

このメッセージを大切な君に送るよ
運良くか 運悪くか このブログをみたら
何かを感じてくれるかも知れない
そしたらメールでもくれないかな


では そろそろ出かける準備をしなくては
寒いので久しぶりにトンビを着てのお出かけなんだ



2010年2月4日木曜日

My Dear Friend -55/Mrs,kitchen+3

久しぶりの訪問

煙草の値段が上がるって報道を目にした
家ではパイプを使っていて
オランダの葉っぱが好きなんだけれど
近くにパイプ煙草は売っていない

最近知った煙草専門店に行って
パイプ煙草とお手入れ道具の
取り寄せを依頼して

少し時間があったので足をのばして
ロフトに寄り使いこなせもしない
ほぼ日手帳2010を買い求め

夕方近くなってから
久しぶりにMrs,kitchen+3に寄ってみたよ


閉店時間が過ぎてお客様が帰られてから
オーナーのヨシエさんと話す時間が楽しみなんだ
タイ雑貨の輸入の話から
物つくりの話まで多岐に広がっていく

内田裕也師・オノヨーコと・・・
ボクのブログネタから新井英一さんの話になった
そんな人がいたことも忘れかけていた

裕也さんによって
道が開けたミュージシャンは多いんだよ

沢田研二やボロを初めとして
この新井英一さんも
裕也さんとの出会いがそうなんだよ

ヨシエさんは最近 彼のライブに行ったという

もう10年くらい経つのかなぁ
まだ元気だった筑紫哲也の
ニュース23 のテーマ曲として
清河-チョンハーへの道が番組最後に流れていた

井上陽水の 今日のニュースも耳に残っているけれど
在日韓国人の歌を流す筑紫さんの意思には
感銘したのを覚えている

ヨシエさんが素敵だと言っていたので
帰ってからすぐにamazonで調べてみたら
とても安く買うことが出来た

48番まである楽曲が全て
自分のことを描いた作品であることに驚くよ
CDが届いたらiPodに入れるからね

忘れかけていたことを
よくヨシエさんから教わることがあるから
通うのをヤメられないんだよ



2009年12月23日水曜日

My Dear Friend -33/豊田勇造ライブ

友人のミュージシャン

豊田勇造からライブの案内が届いたよ
彼が歌ってくれるタイの唄が大好き
とくに満月の唄(ドゥワーンペーン)を聞くと
タイを思い出してたまらなくなってくる

今年の8月には京都円山公園で・・・
11月には名古屋カルバドスで・・・
二回ライブがあったんだけれど
二つとも都合が付かなくて欠席しちゃったから
今度は出かけようと思っているんだ

今年はライブやコンサートに行けないことが多かった

誘ってくれた色んなミュージシャン達にも
不義理をしている

その間に亡くなってしまったミュージシャンもいる
病気になって音楽活動を停止した友もいる

手元の手帳を確認してみても
実際に行ったのは10回も無いなぁ

年明けの予定はまだまだ定まらないけれど
1月10日(日)ならば忙しくなさそうだし
大丈夫だろうって思ってるんだ
普段会えない分野の仲間たちにも会いたいしね

場所は今池のTOKUZO

パソコンのスケジュール管理には
インプットしておいたよ


2009年10月5日月曜日

新刊であれ中古であれ本は香しい-37

今年はタイの事をよく聞かれるなぁ

タイで過ごした人や
仕事で赴任していた人
一度も行ったことはないけれど
タイに興味を持っている人
一緒に行こうよって
誘ってくれる人も多いなぁ

貿易やタイ雑貨を輸入している人や
ガイドブックに出ていない
ディープなタイへ行ってみたい
と言って
ボクのタイ関連の本を求めてくる友人が多いよ

ボクのタイ関連書籍は
そこいらの図書館よりも充実していると自負しているんだ
でも一冊しかない貴重な参考文献が多いから
時々amazonを覗いてみる

なんと3冊も安い値段 1円で出ていたんだ
同じ本を持っているんだけれど
貸し出すと返ってこないことが多いから
躊躇してしまうけれど
2冊ある本ならば貸し出せるしね

だけどボクが一年以上もタイとは
ご無沙汰しているのに
本とは言え案内するのはシャクだなぁ

クリマが終わったらタイへ行きタイよ
別にディープな旅じゃなくても良いんだよ





こちらは新刊
やっぱりタイのバンコクが舞台の
ドキュメンタリー

ついついバンコクという文字につられて
買ってしまった
腰巻きの文章を読むだけでも
知らない世界にワクワクするとは思わないかい



誰だったか忘れちゃったけれど
薦めてくれたので買いました

新宿鮫シリーズを面白く読んだのは
何年前だったかな
久しぶりの冒険小説になるよ

何も考えずにあらすじを追って
小説の舞台に入り込んでいく時間も

気分転換になって楽しいものだからね

2009年9月11日金曜日

その場に立ち会ってしまった

こういう体験は滅多にないよ

若い友人のナオトが主催する
レゲエのライブコンサートに出かけた

夜の9時頃から始まるライブなんだけれど
ボクたちは早めについて
リハーサルを覗いたり

ナオトやその仲間達を撮影して
遊んでいた


ハーレー乗りのカズちゃんも合流して
隣にあるレストランで飯を食っていた
ビールを飲み楽しい食事が始まった頃
外でパンパンと大きな音がする

何だか騒がしい

通りを隔てた建物から火が出ている

ボクはカズちゃんを置いたまま
カメラを掴んで外に飛び出したよ

ナオト達も駆けつけてきて
大通りの車を誘導し始めた

最初は小さな炎だったのが
あっという間に大きく広がり始めてきた

撮影の初歩
一歩前に・・・を実行するために
出来るだけ火元に近づこうとしたよ

熱風が顔に当たってきて熱い
燃え広がってきた下の駐車場には
車がおいてある

誰かが
車に引火するから離れろと叫んでくれた

木造家屋からは小母さんが飛び出してきた

消防車の来るのが遅すぎる

炎は隣のビルを舐め始めている


10分くらい経ってから消防車が到着
消火活動が始まり

オイラは現場を離れて
野次馬の中に入り消火見物

忘れていた食事に戻りました
またビールを飲むことにしたよ

火事の画像はたった10分ほどの間に153枚も撮っていた