2008年10月16日木曜日

不思議なこともあるもんだ

10月6日にタイで見かけた凹面の仏様のことを書いたよね
この下の画像がそれです

実験をしてみたんだ
罰が当たると思いながら
仏様の顔に紙粘土を貼り付けていった

それから約一週間陰干しをして
紙粘土はカチカチに固まった
仏様から紙粘土を剥がして
また陰干しをしていた

出来上がった紙粘土は
タイで見た凹面の仏様のようには見えない
実験は失敗だ・・と思い
関心は薄れてしまい部屋の隅に放置していた


体長500mmの無垢材で観世音菩薩像を彫って欲しいという新しい依頼があり
先ほど打合せから帰った

「刻字」「蓮華」「天女」と木彫の依頼が入っているので
本番にかかる前のいつもの儀式と腕ならしのつもりで
童地蔵を数点彫ろうと角材を選んでいた

部屋の隅に置いてあった紙粘土で作った凹面を
何気なく見た

鳥肌が立ってしまった

少し薄暗い場所に置いてあった紙粘土の凹面仏様が
とつぜん立体に見えてしまった


このような凹面になった紙粘土の内側に
仏様を写し取っていた



立体的に見えるでしょ

鼻の部分はボクが汚してしまったけどね





慌ててカメラをとってきた
方向や角度を変えて撮ってみた

大変身した仏様が浮かび上がってきたんだよ


ほら 左を向いても立体に見えるでしょ




凹面であることをはっきりさせるために
ドライバーの柄を凹面に入れてみた
器のような凹面だと分かってもらえるかな?

実験は失敗ではなかったんだ
光と陰の問題だった

何か吉兆や瑞祥のきざしなのかもしれないと
思ってしまい胸がざわついてきた

この紙粘土仏面は大切にしなくてはいけない
内側を金色に彩色しようと思ったのでありますよ







2008年10月15日水曜日

久しぶりに里山へ行ってきた

秋の一日を旧小原村へ行ってきた。
なぜ「旧」・・・なんて言うのか?

平成の大合併が嫌いだからだよ

日本の国家は好きじゃないけど
日本の国土や文化は大好きだ

地名にはその土地の持つ文化や歴史の上に成り立った
その土地の呼び名があった

他国を侵略するように為政者の都合や経済効果のために
由緒ある土地の呼び名を替えられてたまるかい

軍部独裁政権下のミャンマーだって認めない
きちんとビルマと呼んでいる。

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久しぶりに仲間のセンローAYUMi大嶋さんたちと小原村に集まった

それぞれ勝手に昼飯を終えてから
センローの大切にしている宝物披露から始まった

ボクは「書」に関して全くの門外漢
でも刻字をたしなんでいるから興味津々

次々と表装された掛け軸を披露してくれた


書家は幕末や明治維新のころに活躍した人たち
「岡 三橋」「伊藤祐亨」「梁川星巌」
「高橋泥舟」「頼山陽」「佐久間象山」

大嶋さんは書に通じているから色々と解説してくれる

AYUMiは以前茶道具屋で仕込まれたことがあると
いつものようにキャーキャー言いながら
彼女らしい書の見方で反応していた

持ち主のセンローは博識だからその真贋についても
解説してくれる

ボクは古文書のようなくずされた漢字を
判読してみた

判じ絵に興じる粋人の集まりみたい

我々仲間も捨てたもんじゃないな
良い雰囲気だった























いろいろと見せて貰った「書」の中から数文字を
アップで撮ってみた
それは後日「刻字」にしてみたいと思ったのです


健全な文化人のサロンタイムは終わり
いつものように作業着に着替え(ボクはニッカボッカのまま)
裏山に入った

センローとボクは孟宗竹や間伐をはじめ
AYUMiは作品作りのための木の枝を伐採に山の奥に入っていった

久しぶりのチェーンソーは腕に心地よい疲労感をもたらした

自分たちで作ったバーベキュー炉に火をおこし
サツマイモを濡れた新聞紙でくるみ
ダッチオーブンの中の放り込んだ

まあいつもの事ながら
ダッジオーブンも焼き芋も食べ終わってから
撮影するのを忘れてしまったのさ

ブログもアップしたし
もう寝よっと











2008年10月14日火曜日

タイからの贈り物

25年来の友だちから また楽しい画像が送られてきた

ご主人は2002年に亡くなったのだが
今はバンコク郊外の検問所が二つもある高級住宅街で
娘と息子とお手伝いさんとの優雅な暮らし

タイの表玄関であるスワナプーム空港近くのビルで
防火設備関連の会社を経営している

娘はマヒドン大学、息子はプロゴルファーを目指す中学生

今回の旅でも泊めていただいたりでお世話になりっぱなし

知り合ったときには彼女は18歳

当時 連絡を取り合うのは海外郵便と国際電話(古いなぁ)
そしてファクシミリの時代を経て
今はメールで近況を知らせ合っている

隔世の感とはこういう事をいうんだね

陽気な彼女からは時々
こんな楽しい画像が送られてくる

ボクも変な画像を送ってあげるんだよ









2008年10月13日月曜日

タイで見かけた色んなもの-16

まだまだタイの画像は続くよ

最近日本で働いているタイ人と会ったり
タイが大好きだという
新しく知り合った友だちと話したり

タイの友人からメールが届いたり
電話がかかってきたりした

そしてタイで撮ってきた画像の整理をしていると

2ヶ月前にタイから戻ったばかりなのに
またぞろタイへ行きたくなってきた




この画像はタイのお菓子を作っている工程だよ
花の形に成形する方法が面白かった

鉄板の上でお菓子の材料が焼き上がると
まだ柔らかいうちに
お猪口のようなものにかぶせてしまう

すると・・・ほら
立体的な花の形のお菓子になった




素焼きの器に溶き卵や鶏肉や野菜そして香辛料などの具材を入れて
蒸し上げる

買ったお客さんは陶器の器ごと持って帰ることが出来る
この可愛い器は色んな用途に使えそうだ





日本人にも人気が高い
タイのチャーハン「カォパット」
安くて美味くてしかも調理が早い

飲み過ぎた翌朝は
お粥かこのカォパットを食べることが多い

オイスターソースとナムプラーだけの
味付けだけどね



さあ出来た・・・
美味そうだよ

もちろんビールにもよく合うぜ









2008年10月12日日曜日

のんびりと時間が流れる

気分が滅入りそうだったので外に出かけた

庭園ギャラリーに行ってみた
黒い塀に囲まれた中は和風庭園
軽食を頂きながら整備された庭園をながめるらしい

チラリと庭を見たが興趣が湧いてこない

そんな取り澄ました庭園よりも
室内に置いてある物に目がいった

人の手を経て歴史や時間の経過を感じさせる物がイイ
金にあかして 
したり顔の二流を目指す野卑な俗っぽさは受け入れられない










もう、おでんの季節だった
おでんを一皿、みたらし団子、お好み焼きで
熱燗を2本・・・・

道路にはみだしたテーブル席に陣取り
通り過ぎる善男善女や子供たちを眺めていた




行ってみたいカフェがあったのです
あいにく木金土の三日間しか営業していないので
今日はお休み

ちょっとやそっとでは探し当てられないカフェ
外観からはカフェだとは思えない

店内はどんな風になっているのか興味が沸いてくるね

入り口付近にあるジャンクな物たちを見ていると
このカフェのオーナーの温かい意識が分かってくる

居心地のよさそうな店なんだろうな
お店は休みだったけど
のんびりと時間が流れていく
その佇まいには十分に満足できた

昨日の哀しみに包まれているときにこそ
こんな場所と巡り会えることの喜び

また足をむける楽しみができた
きっと近いうちに来るだろうな















2008年10月11日土曜日

友人の自殺

友人が亡くなった
自殺だと突然の連絡をうけた
連絡が取れなくなってしまった最近の動向を心配していた

波乱に満ちた半生の中で
映画のプロデュースや自分の体験を出版するなどの活躍をしていた

バーベキューでは大勢の仲間達に囲まれて嬉しそうだった
フラワー・トラベリングバンドのジョーも来ていた
奥さんと一緒に開いたお店のオープニングパーティでは
遅刻してきて恥ずかしそうだった

奥さんが自然農法で収穫したと言って
野菜を沢山いただいた

何を考えていたのか「木彫のお地蔵さんを頼もうかな」と
言ってくれたのも彼だった

知り合ったのは30年も前だった
ボクはジャンクなブリキの玩具などを中心とした雑貨屋
「フルハムロード」を経営していた
彼はアメリカのファンタジックな雑貨卸をやっていた

ボクはちょうど家を新築したばかりだったので
彼は「グースランプ」と「マリリンモンローの唇」や
「等身大のサンタクロース」を
贈ってくれた。

お悔やみの電話を入れたけど
彼の携帯にはメッセージが一杯で預かれませんと
アナウンスが流れるだけ

奥さんは電話に出られずにいた

先週は若い頃に薫陶を受けた緒方拳さんも逝ってしまった
「人と契るなら深くちぎれ」と言葉をもらった
自殺した彼からは「仲間の大切さ」と「闘うことの大切さ」を学んだ

いまは闘い半ばで逝ってしまった友のために
追悼の酒を飲むしかない

友の名は・・三浦和義

ロス疑惑の無念を晴らして無罪判決を
勝ち取っていたのに
無念です

鰻と吉兆と木彫と・・

我が愛車「湘南号」の車検のために整備工場に運んだ

整備工場の社長でもあり
ボクの木彫を何点も引き取っていただいている友人でもある

そして彼は僧籍をもっている

整備工場の横に私費で
京都の六角堂を模した大きなお堂を建立し
「親鸞堂」と名付けている

ボクの「昇り龍」と「鳳凰」は
この親鸞堂に飾られている

ロビーでボクの大好きな親鸞聖人の話や
自社で預かっているタイ人技術研修生の話や
ボクのタイ旅行の話で盛り上がった

盛り上がりついでに「飯喰いに行こう」と
連れて行かれたのは老舗の鰻屋さん

今ではすっかり影を潜めてしまった「吉兆」で修行した親方だという

「さっき帰って行ったお客の残りを出すのかな?」 と
こっそり言うと
「可哀想に・・最近よく言われてるらしい」と笑っていた


昼飯なのに「肝焼き」と「かつをのタタキ」を肴に
ビールをいただいた。

吉兆で修行をしたというだけで
なぜ一万円もするのか分からない昼飯

でも美味かった






ビールのお陰か
親鸞堂に納めたい木彫作品の話をしてみた

蓮の花と飛天を彫るから是非買い上げて欲しい と
願い出たら少し迷われたようだが
快諾してもらった。

帰宅後 
木彫の材を手配するために
富山県の井波に電話をいれた

木彫材は「井波彫刻」で有名な木彫の里で
探すことにした

楠材のサイズと厚さを告げると
あっさりと一枚10〜20万円以上だなと返ってきた

真ん中に蓮華を
左右に飛天を一対
計3枚の発注である

つくづくジャンク雑貨を製作している
仲間のコスト対比が羨ましくなった