2008年10月3日金曜日

タイで見かけた色んなもの-13

タイ人達は基本的に自宅で料理をすることはない
ほとんど外食かお総菜を買ってきて食卓に並べる

まれにボクなんぞがタイ人宅へお邪魔をすると
時間をかけて一生懸命に作ってくれる

そして「マイ・アロイね」(まずいね)と言いながら
食卓を飾ってくれる

食卓には友だちが作ってくれた一品料理と
総菜屋台で買ってきた料理が並ぶ

普段自分で調理する習慣がないから
食べてみると実際にまずい
友人たちもどうして屋台みたいな美味しい味にならないのか
悩んでいるのがおかしいんだ


タイ人達は基本的に料理をすることはない
総菜や食材は屋台や市場で間に合ってしまう

タイでは昔からファーストフードなのだよ
ボク何ぞは、どこの屋台で食べても美味しいのだが
口の肥えた美食家のタイ人達に言わせると

そうでも無いらしくグルメガイドブックのように
屋台や総菜屋の品評会が始まる

旅に出て一番楽しいのが市場巡りだよ
どうやって食べるのだろう
美味しいのだろうか
ゲェ〜ッ・・・
こんなもの売ってるよ

屋台の小母さんやお姉さんに質問してみる
するとほとんどの店が「ホレ食べてみな」と試食させてくれる

デパチカで試食品めぐりをするような感じ

そんなタイの台所を紹介するね


下の画像は海辺の市場で見かけた
魚屋さん

最初の画像の真ん中は「エイ」だよ
その下の画像は
「鮫」です





総菜屋台では美味しそうな揚げた魚を売っていた
一匹まるごと揚げてある

日本に行ったことのあるタイ人の友だちが言っていた
「日本の魚料理はどうして半身だけなの?」






これもお総菜屋さん
炭火でじっくりと焼き上げた魚は
美味い美味い

毎日バーベキューだよ





このお姉さんが売っているのは
干物

絵になる並べ方をするんだよ







2008年10月2日木曜日

タイで見かけた色んなもの-12

久しぶりにバンコク郊外を走るメークロン線に乗ってみた
一日8本しかないのんびりとした列車

マングローブの原野から
広大な塩田を過ぎ
民家がおおくなってくると
列車は極端にスピードを落とし始める

昨日のブログでは警笛を鳴らさないことを書いたが
終点のメークロン駅に近づくと警笛はよく鳴らしている

あまりにゆっくりとした走りなので
乗客は駅を待たずに飛び降りていく人がいる

スローダウンした列車は警笛を鳴らしながら駅の構内に入っていく

しかし、車窓から見ている限りは駅の構内なのか
市場なのか分からない

窓の下には列車ぎりぎりに店が続いている
走っている列車から下を撮ったので少しブレているけど
下の写真がそれ・・・・

右側のブレているのは車体だよ
列車ぎりぎりまで商品があるでしょ




で、列車は市場か駅か分からない場所に着く
下の画像を見る限り普通の駅構内に見えるね



ところが乗降客がいなくなると・・・・・

線路上にイスの露天が現れた




線路沿いに露天の市場が続いている
黄色い衣を着たお坊さんも線路脇を歩いている



線路のすぐそばには露天の料理屋台も陣取っている



線路上に延々と続く市場
次の列車が通るまでこの市場を開いているわけ

そして、列車が来れば店を列車に触れない位置まで店を下げ
列車が通り過ぎれば瞬時にお店はオープン
レールの間を買い物客は歩く

野菜・果物・肉・魚・調味料・衣類・玩具・・・
普通の市場と変わらない品揃えが嬉しくなって
奧まで歩いていったが最終地点まで行けずに
折り返してきた。

で、線路脇の屋台でビールを飲む

市場とタイ国鉄の共存共栄って
ボクにはたまらない幸せ
駅構内を鉄道共済会が占領している某国とは違う・・・






2008年10月1日水曜日

タイで見かけた色んなもの-11

タイでは日常茶飯事な光景なので ボクは見慣れてしまった

しかし、初めて目にしたときには
助けに行こうかと思った

画像をよく見てほしい
小さくて見にくい方は
画像をクリックして  よぉく見てね

向から電車が向かってくる

決して停まっているのではないよ

ひとりのお婆ちゃんが線路を渡っている

そして
線路脇の椅子にはタイ人が腰掛けている

電車は目前まで迫っている





お婆ちゃんは無事に線路を渡りきり
電車はまもなく通り過ぎようとしている



お婆ちゃんは何事もなかったかのように椅子に腰をかけて
電車は警笛も鳴らさずに通り過ぎていく


線路内に自由に出入りしても
誰も止めたりはしない
タイ人は電車のスピードと自分の歩行スピードを知っているからね

どこかの国のように
「白線までお下がり下さい」とか「列車がまいります」なんて
うるさい放送はない

10年くらい前に日本人青年が
中東でゲリラに襲われて人質になった時に
政府は「自己責任」という言葉を
馬鹿の一つ覚えのように
言っていた。

まるで青年が悪いことをしているような
口調だった

自己責任と言うことを唱える空しさを感じていた





下の画像は
走っている列車内です

車内が熱いからドアを開けているのではない

列車のドアは閉まるときもあれば
閉まらないときもあるのである

乗客も心得たもので騒ぎ出す人はいない

どこかの国ではニュースになるのだろう



タイで見かけた色んなもの-10

バンコクの隣の県
サムットプラカーンに出かけた

サムットプラカーンはバンコクからはそれほど離れていないし
タイで最大規模のクロコダイル・ファーム(ワニ園)などを
見学することが多いので行かれた方もいるのでは?

ボクには無縁の観光施設ですからパスです


海辺にあるシーフードレストランに入った
もちろん料理は抜群においしかった。

しかし、トイレに入ったときには
驚いてしまった

オシャレというのかセンスが良いというのか
ユーモアたっぷりのアイデア洗面台と便器と遭遇した

すぐにカメラを取りに戻った

洗面のシンクは大きな鍋
男子用の朝顔はなんとバケツである

写真を撮っているボクを見てタイ人達は微笑んでいた。

このアイデアは六本木か青山のオシャレな
レストランでも似合いそうだ

日本のどこかにこんなオシャレなトイレがあったら
教えて欲しい

説明はいらないよね
素敵なタイ人のアイデアを鑑賞してくださいな







ひとつ残念なことがある
それは
女性用のトイレを撮影できなかったこと

きっと違うアイデアで
トイレを楽しい空間にしていたんだろうな






2008年9月30日火曜日

タイで見かけた色んなもの-9

タイを旅しているとおかしなものに出くわす。

バンコクから友人の車でマハチャイという街に
行く途中のこと

友人が左手に奇妙な物が見えてくる・・・と
教えてくれた

左側にカメラを向けて待っていると
出たぁ

デカイ!!!

車と比較するとそのでかさが分かると思う

何だろうと思った

頭の三つある象さんだぁ



タイ人の好事家が自費で作った象だという
タイでは象を嫌いという人に会ったことがない
タイの象徴でもある



インドのバラモン教の中に
象にまつわる数々の神話がある

その中に33の顔をもつ白象の話があり
その象の名前が「エラワン」という

その象から生まれた子供が
三つの顔をもっていた

インドでは「キリメーククラトライダーユック」という
長い名前だったが

その神話の三つの顔を持つ象が長い時間をかけて
タイへ伝わってくるうちに
元々親の名前である「エラワン」と言われるようになった

タイや日本でも「エラワン」と名前の付いた
タイ料理屋やタイマッサージ屋やホテルがあるので
タイを好きな人は知ってるでしょ




下の画像では二つしか顔が見えていないけどね
向こう側にも顔があるんだよ




もうひとつタイには一般的な象さんがいる。
インドのヒンドゥ教の象神である
プラ・カネート(ガネーシャ神)という
体が人間で顔が象という神様だよ

ガネーシャ神はここでは触れない

画像のガネーシャは
ナコンサワンという街のファッション・ブティックの
店内に鎮座していた

日本でファッション・ブティックの中に
狛犬や龍の置物が飾られていることはないよね





2008年9月29日月曜日

最近の撮影画像


最近色んな所へ出かけることや
古い友人や新しい友人たちと会うことが多かった

少し落ちついて本を読んだり
室内で出来る小物雑貨を作りたくなっていた

久しぶりの雨で寒い朝がはじまりました

カメラ雑誌の読書に飽きてしまい
溜まった画像の整理をしながら
100mm角くらいの真四角な豆本とポストカードを作ろうと思い立った。

タイで撮った画像や最近の画像を60点ほどセレクトした

JUNK雑貨を作っている仲間の作家から
コラボしようという誘いをうけた

コラボの為に自分の木工雑貨の作品も豆本にしてみようと
思っている。

作品集を作っておけば
実際の作品を持って歩かなくても
打合せには事足りるからね。

熱い珈琲を飲み
フラワー・トラベリングバンドの「サトリ」を大音量でかけて
ガラス越しに見える深まる秋と
過ぎた夏の日に別れをつげた

そんなある日の画像をアップしてみたよ























2008年9月28日日曜日

FLOWER TRAVELLIN'BAND

“We are here” at 名古屋DIAMOND HALL
仲間と連れだってライブに行ってきた

ジョー山中/Joe Yamanaka(Vo.)
石間秀機/Hideki Ishima(Sitarla.)
小林ジュン/Jun Kobayashi(B.)
和田ジョージ/George Wada(Dr.)
篠原信彦/Nobuhiko Shinohara(Key.)


彼らとは35〜36年ぶりの再会だった。
いまは無きオリエンタル中村(現三越)で
内田裕也率いるフラワー・トラベリングバンド
招聘したのが彼らとのはじまり

早めに着いたぼく達は楽屋を訪ねて
再会を喜んだ

みんな変わっていない
みんな素敵だった
みんな還暦を過ぎていた
みんなやんちゃ坊主のママだった

リハーサルを終え
ぼく達7人は会場の席を陣取って
スタートからノリにのった演奏を楽しんだ

最初から鳥肌が立ってしまった

ロビーにはやはり鳥肌が立ったという
20代の若者達がいた












彼は今回のフラワー・トラベリングバンドの再始動
ライブ公演の話をしたときに
即 行きます
と手をあげた友人

ジョー山中の大ファンだと聞いていたので
記念写真を撮ったが
コチンコチンに緊張してしまった




40年来の友人ミクロとジョーは
昔からの仲良し
今回のライブを陰で支えてくれた





当日の朝
ふと思いついて彼女に電話をかけて
ライブに誘ってみた

彼女も即答で「今から行く」と言ってくれ
一時間後には車を駆ってかけつけてくれた






石間秀樹と一緒に・・・
インドのシタール(Sitar)とギターをミックスさせた
Sitarlaという楽器をつくりあげ
今回のライブで見事な演奏を聴かせてくれた